私たちが「プロだ」と信頼を置く人や店には、ある一つの共通点があります。
それは、「いつ、どんな状況でも、同じクオリティが出せる」ということです。

「昨日はふわトロ絶品オムライスだったのに、今日はカッチカチ」みたいな店に通いたいと思う?

普通はおもわないよね
たとえその店主が「昨日は調子が悪くて……」と言い訳をしたとしても、顧客にとってはどうでもいいことです。
ビジネスにおいて、顧客が見ているのはあなたが「絶好調かどうか」ではありません。
また、10回通って、そのうち1回はとんでもなくおいしい料理を出してくるけど、残りの9回はとても食べられないような代物を出すレストランに通いたいですか?
人は、「調子に関係なく出す点数」や「最高点数(あるいは最低点)の頻度」を見て、その人の信用度を決めています。
この「当たり外れ」を極限までゼロにする思考法。
それが、今回紹介する「シックスシグマ(Six Sigma)」です。
大企業の工場で使われる品質管理手法として有名ですが、中小企業や個人事業主もそのエッセンスを活用することができます。
今日は、この「シックスシグマ」の本質を噛み砕き、自分の仕事や勉強を「プロの仕事」へと変えるための具体的なメソッドをご紹介します。
シックスシグマの本質
シックスシグマ(Six Sigma)とは、1980年代にモトローラ社で開発され、その後GE(ゼネラル・エレクトリック)を世界最強企業へと押し上げた経営手法です。
「シグマ(σ)」とは、統計学用語で「標準偏差」のこと。

模試の成績表に出てくるあれだよね

そうそう。偏差値を計算する際のもとになる数値だね
ちょっと難しい言葉ですが、要するに「データの散らばり具合(バラつきの大きさ)」です。
例えば、テストを10回受けて、その最低点が30点で最高点が90点のA君はバラつきが大きい=シグマが大きい。
一方で、最低点が70点、最高点は80点の間に収まっているB君はバラつきが小さい=シグマが小さい、ということです。
いわばシグマが大きいとは、「ムラ」がある状態。
ビジネスの世界では、成果物の結果を予測しづらい状態を嫌います。
これがアマチュアの仕事です。
対して、プロフェッショナルの仕事は「シグマが小さい」状態。常に平均点の近くに結果が集中するので、予測しやすい、ということです。
シックスシグマという名前は、「100万回のうち、ミス(規格外)を3.4回以内に抑える」という統計的な目標値(6σ)から来ています。
これをパーセントに直すと、99.99966%です。
「99%で十分じゃないか」と思うかもしれませんが、もし空港の着陸成功率が99%だったらどうでしょう?
毎日、世界のどこかで数千便の飛行機が墜落することになります。
シックスシグマは大企業だけに必要な考え方か?
さて、ここからが本題です。
シックスシグマは、大企業や大工場の品質管理に使われる考え方ですが、その本質的考え方は、個人事業主や中小企業にも適用できます。
どんなビジネスにおいても、取引先や顧客が恐れてるのは、「手抜きされないかな?」「雑になるんじゃないかな?」、いわば品質が担保されないかも、というリスクです。
シックスシグマの考え方では、「たまに出る120点」よりも、「常に安定して出せる80点〜90点」を尊びます。
なぜなら、その安定こそが「次もあなたにお願いしたい」「この商品を購入したい」というリピート、言い換えると「信用」を生むからです。
「芸術」や「職人芸」の世界では、その日の気分やインスピレーションでムラがあることも「味」とされるかもしれません。
しかし、ビジネスにおいて、信用とは「再現性」のことです。
あなたが体調不良でも、プライベートで嫌なことがあっても、雨が降っても槍が降っても、納品されるクオリティは変わらない。
この「再現性」こそが、あなたの商品やサービスを高単価で指名されるプロフェッショナルにします。
では、どうすればそんなことが可能になるのでしょうか?
シックスシグマの哲学に基づけば、それは、気合や根性ではなく、「仕組み(プロセス)」を変えるということです。
個人でも使えるフレームワーク「DMAIC」
シックスシグマの実践者たちは、「ブラックベルト(黒帯)」と呼ばれます。
彼らが問題を解決する際に使うフレームワークが「DMAIC(ディマイク)」です。
DMAICとは、「定義(Define)、測定(Measure)、分析(Analyze)、改善(Improve)、管理(Control)」の頭文字を取った、シックスシグマで用いられるプロセス改善手法です。
既存のプロセスを体系的に改善・最適化するために、問題の定義から根本原因の特定、改善策の実施、そしてその定着化までを5つのステップで実行します。
これを個人の仕事術に落とし込むと、「自分改善」の5ステップになります。
1. Define(定義)
多くの人は、ここが曖昧です。
自分の失敗、弱みや課題について、「なんとなく」で終わらせてしまいます。
まずは、自分にとっての「欠陥(Defect)」をはっきりと言語化して定義します。
「納期が遅れがち」なのか。
「メールの誤字脱字が多いこと」が問題なのか。
顧客からの質問に対して「即答できなかったこと」が問題なのか、それとも「つい不正確であいまいな返答をしてしまった」ことなのか。
「何をもって失敗とするか」の基準を明確に洗い出し、自分の中の基準として確立する。
これが、改善の第一歩です。
2. Measure(測定)
ここが一番辛い作業かもしれません。
Defineした基準に基づいて、自分のミスを直視し、記録します。
「今月はメールの返信漏れが3回あった」
「企画書の作成に、平均して5時間かかっているが、最長で8時間かかった日がある」
感覚ではなく、「数字」で自分の現状(As-Is)を測定します。
シックスシグマの合言葉は「データを見せろ(Show me the data)」です。
スタート地点が、客観的な事実に立脚していなければ、目指すゴールを正確に定めることはできません。
3. Analyze(分析)
明確に定義した自分の課題、そして、事実に基づいたデータ。
これを見て、「気合が足りなかったな」「疲れていたからなあ」とあいまいな精神論で終わってしまっては、せっかく定義して計測したデータも意味を成しません。
ここで、トヨタ生産方式でも有名な「なぜ?」を5回繰り返して、真の原因を掘り当てます。
例えば、
この1週間で、メール返信を3回も忘れてしまった、という事象の計測ができたとしましょう。
なぜか?→ 後でやろうと思ったから。
なぜ、後でやろうと思ってしまった?→スマホで通知を見ただけで、既読にしてしまったから。
なぜ、すぐ返信しないのに既読をつけた?→ 移動中にメールを見てしまい、すぐ返せる環境ではなかった。
ここまで掘り下げることによって、「メールを見たらすぐ返すように気をつけなきゃ」といった精神論的な解決策でではなく、真に打つべき対策が見えてきます。
今回の分析によって、
「移動中にスマホでメールを開封する運用」が、返信漏れの温床になっている。
ということが分かり、これを改善するにはどのような仕組みを作ったらよいか?といった具体的な解決策を検討できるようになります。
4. Improve(改善)
大切なのは、分析結果をもとに「意志」を使わずに解決する方法を導入する、ということ。
先ほどの例では、
「移動中はメール通知を切る」
「スマホからメールアプリを削除する」
「PCを開いた時しかメールを見ないルールにする」
など、精神的・肉体的に無理をしなくても実践できそうな解決策の導入を考えます。
シックスシグマにおける改善とは、「頑張らなくてもミスが起きない状態を作ること」です。
5. Control(定着)
シックスシグマにおいて、特に重要な考え方がこれです。
この改善策が定着されなければ、意味がありません。
改善策を一回やって終わりにせず、チェックリストやカレンダーに組み込み、管理できる状態を作ります。
無意識にできるレベルまで、改善策であったことを忘れるレベルまで習慣化させることがゴールです。
これができて初めて、あなたの「シグマ」は小さくなり、再現性が担保されるようになるでしょう。
プロセスを憎んで、人を憎まず
最後に、シックスシグマを実行する上で、最も重要なマインドセットをお伝えします。
それは、「性悪説」ならぬ「性弱説」に立つこと。
人間は、弱く、ミスをする生き物です。
疲れていれば判断を誤るし、忙しければ忘れます。
お腹が減ればイライラします。
ミスが起きた時、「自分がダメな人間だからだ」と自分を責めたり、「あいつが適当だからだ」と他人を責めたりしても、何も解決しません。
自己嫌悪でエネルギーを浪費するだけです。

机に座ってもつい漫画を読んじゃって、自分の意志の弱さを嘆くことはよくあるなあ。。

自分の性格や能力を責めるのではなく、「目につくところに漫画を置かない」とかやり方や仕組みを変えることに目を向けるべき、ということだね
シックスシグマの哲学は、こう教えてくれます。
「悪いのは『人』ではない。『プロセス(仕組み)』である」
メールを忘れたなら、忘れるようなメールソフトの設定が悪い。
注文を間違えたなら、間違えやすいメニュー表のデザインが悪い。
遅刻したなら、家を出る時間を逆算できないアラームの設定が悪い。
人は弱い生き物であると割り切い、仕事のやり方や仕組みを疑うこと。
冷徹なまでに客観性を保つことが、優しくも厳しいプロフェッショナルの姿勢と言えるでしょう。
信用という資産
極論を言えば、シックスシグマという難しい言葉そのものを覚える必要はありません。
覚えておくべきは、次の考え方です。
「信用とは、バラつきのなさの上に築かれる」
大企業のように何億円ものシステムを導入する必要はありません。 「昨日の仕事」と「今日の仕事」の差をなくすこと。
調子が悪い日でも、合格点のパフォーマンスを出せる準備をしておくこと。
その地道な「バラつき潰し」の積み重ねが、誰にも負けない強固なビジネスブランドを築き上げていくのです。
調子の良し悪しに関係なく80点を出し続けることができる「仕組み」を磨く。
それが、ビジネスのブラックベルトへの最短ルートです。
参考文献・出典



